
Whst’s “TOKYO TRASH” ?
私たちは、都市という屑箱のなかで暮らしている
「トウキョウはトラッシュだ」……この一言を聞いたとき、私のなかに何かが生まれた。
1995年夏、私はあるひとりのイギリス人と知り合いになった。名前はヒース・バンティング。コンピュータ・ウィザード、いわゆるハッカーだ。
今回がはじめての来日だと聞いた私は、そういう外国人へのおきまりの質問をしてみた。「東京の印象はどうですか?」 すると彼は、確かにこう言い放ったのだ。「汚くて、臭くて、最低の街。まあ、言ってみりゃ、クズだね」
あまりのことに驚き、自分が彼に何か悪いことでもしたのではないかと不安になった。
こんな衝撃は、生まれてはじめてだと言ってもいい。「東京はクズみたいな街だ」……ヒースに指摘されるまで、私の頭のなかにあったのはせいぜい、欧米から見た日本が明らかに《極東》にあるということと、それでも自分だけは《名誉白人》のようにふるまう連中がいるということだった。それまでの数年間、韓国人アーティストのマネージメントの仕事を通しても「現代美術界は極東のアジアに冷たいなあ」程度にしか受け止めていなかったというのが事実だ。
「トウキョウはトラッシュだ」……そう言い切られてしまった以上、何か反論しなくては、と考えてはみたものの、当時の私は《日本》や《現代美術》といった自分を取り巻く環境に対する失望感から徹底的にネガティヴになっていた時期だ。クズ呼ばわりされた衝撃で、逆にどうすることもできない障壁がいっぺんに崩れ落ちたかのような直感がした私は、もっと彼の考えを聞いてみたいと思った——「トウキョウ」とは、私自身だったからである。
会話を重ねるなかで、ひとつのポイントが鮮明に浮かび上がってきた。それは「世界に対して、日本が文化全般のブラックホールと化している」ということだった。日本はまちがいなく文化のブラックホール、あるいは情報のブラックホールである。あらゆるものを貪欲に吸収するが、まったく発信しない。何も発信しないということは、何も考えていないことと同じだ——ヒースは、汚れ散らかった街の印象だけでなく「その街の住人が文化的にトラッシュなのだ」という鋭い指摘を突きつけてきたのだった。
それでは、東京は/日本は/私たちは、いったい何をどうすればよいのだろうか……。ひとりひとりの人間が、借りものでない言葉でしっかりと発言することも大事だろう。しかし、それ以前に「言葉の壁」そのものを軽やかに超えるようなスタンスで、いま日本で起きていることを世界水準の開かれたチャンネルで発信しようとしている人たちもいる——現代美術のアーティストたちである。
TOKYOTRASH Web the Book P.005 1999/9/27

Who is “Yumi Yamaguchi” ?
山口裕美 (やまぐち・ゆみ)
アートプロデューサー。
アーティストが孤軍奮闘する日本の現代アートの現状の中で、常にアーティストサイドに立ったサポート活動を続けている。日本の現代アートを世界に向かって発信するその活動から「現代アートのチアリーダー」の異名を持つ。
